お歳暮の包み紙と日本人の美意識

伊勢丹、三越、あるいは地方ならば土地に根差した百貨店のお歳暮の包み紙で、中身の価値が違って受け取られる現実をどう考えるべきだろうか。
一つには、自分達で製造、生産をしてきたわけではないが、いい商品を選んできたという実績への評価だろう。自らがブランドと化している。ファッションや雑貨のセレクトショップと同様だ。三越や伊勢丹の包み紙を有難がる年長者を若い世代が笑うのもいいだろうが、最先端というファッションや雑貨のセレクトショップをヨイと思うのと思考法は同じに思える。
もうひとつは、添え物、飾るという発想かもしれない。イザヤ・ベンダサンが著書「日本人とユダヤ人」の中で書いていたような記憶があるのだが、立派な皿に乗っていようが、粗末な皿に乗っていようが、食べ物は食べ物。味は変わらないという発想をする民族と、綺麗に盛り付けようとする日本人のような民族がある。
そこには、モノではない、「盛り付け」「飾り付け」という価値、サービスが生み出されている。
文化や美はブルジョワの贅沢で敵であると攻撃する主義もある。俺は、他のことはともかくとして、美は否定しちゃだめだと思うんだ。

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